死の丘〜7672G〜 第1話

1945年4月1日 L-day



この日はイースター(復活祭)の日曜日だった。

イースターともなれば、田舎じゃイエス様の復活を祝ってお祭り騒ぎだが、俺達は上陸用舟艇に乗りオキナワに上陸しようとしていた。

波は穏やかで、空がすこぶる青かったのを覚えている。
激しい艦砲射撃の後、いよいよ上陸が迫り、俺達の小隊も緊張の中にあった。

古参兵と呼べるのは俺の他に数えるほどしかいない。あとはレアンとツェルナーくらいか…皆、静かに上陸の時を待つ。
だが、お調子者のアーチー・ブッシュがその沈黙を破った。

「なぁ、伍長。ニップがいたらどうする?」

「決まってるだろこいつで猿を仕留めるさ!」

テキサス出身のエドウィン・カイル伍長はM1ライフルを構えてみせた。彼は180センチを超える長身だったが、その姿は凪ぎの中の舟艇にあってもいささか頼りなかった。

「おい!そこ!上陸前だぞ、私語をつつしめ!!」

そして、鬼軍曹のシルバーがそんな若い兵士達をたしなめる…いつもの光景だ。

そうこうしているうちに陸地はみるみる近づいてきた。

「上陸用〜意!」

いよいよHアワー(攻撃開始時刻)だ。

「野郎共!気合いを入れろ!!」

「うぉ〜!!」

狭い上陸用舟艇の中で男達は雄叫びを上げた。

「…上陸開始!!!」

その90分後。


1945年4月1日  読谷飛行場 午前10時

「なぁお前、上陸してから1発でも撃ったか?」

「いや、俺はまだニップの尻尾すら見ちゃいないぜ。」

仲間は冗談を飛ばしあっていた。
とにかくジャップの奴らは歯ごたえがなかった。
クェゼリンでもエニウェトク、グアムでも奴らはお得意の夜襲とバンザイ突撃でそれこそ死に物狂いで向かって来たものだ…だが、ここオキナワでは組織的な抵抗もなく、俺達は早々に読谷飛行場を占拠した。

中には戦闘の最中にも関わらずサイコロ賭博を始める者さえいたくらいだ。

あのジャーナリスト、アーニー・パイルはこの上陸第一報を

「現在、我々は沖縄の地にいます。作戦開始から1時間30分が経過しましたが、敵からの反撃は全くありません」

とレポートした。

実際、第6海兵師団も加わった第10軍の上陸による死傷者は、戦死28名、負傷104名、行方不明27名で、ガダルカナルを除く、いかなる上陸作戦よりも少なかった。

それからの数日間、俺達は敵の反撃にあうこともなく、まさに観光気分で進撃していった。

途中、北部の八重岳で交戦があったが、これも4月16日の戦闘でけりがついた。

この戦闘で第6海兵師団は200名くらいの戦死者を出したが、倒したニップ共はその10倍はいたと思う。

ほどなくして俺達第6師団は名護で休養をとることになった。

『沖縄戦は終わった。』

誰もがそう思っていた。

沖縄北部の戦闘で、師団は戦死236名、負傷1601名、行方不明7名の損害をこうむっていたが、兵士達はくつろいでいた。

俺も前日の野球で筋肉痛になったのを悩むくらいだったから、若い兵士達はなおさらだろう。

まだまだ血気盛んな10代の兵士から見れば、20代後半ともなればおっさん。
俺のような27歳の兵士はおじいさん扱いだった。

「よう、バクシーじいさん。」

第2小隊のBAR手バンビーノ二等兵だ。

「昨日の試合で肩が上がらなくなったんだって!?いよいよ養老院かい?」

バンビーノは昨日の試合、俺のいるセカンドを強襲するヒットで先制点を上げていた。
試合自体は9対9で引き分けだったが、さすがに若者の回復は早いらしい。







死の丘〜7672G〜 第2話

1945年4月下旬

沖縄 名護 第6海兵師団駐屯地



「バンビ、歳上を馬鹿にすると痛い目を見るぞ。」

「ハハハハ、30歳になったらもうお年寄りだろ。」

笑い声にあわせてバンビーノが首から提げている認識票がカチャカチャと鳴った…。

「おい!!」

俺が急にすごんだ声を出したので、バンビーノ二等兵は少し面食らったようだった。

「バンビ、夜になるとその認識票の派手な音にジャップ共の弾が飛んでくるんだ。お前、女と一発かます前に死ぬつもりか!?認識票はブーツの靴紐に結んでおけ!!」

慌てて認識票をブーツにつけ始めたバンビーノは顔をあげながら言った。

「でも…足が吹き飛ばされたらどうするんだ?」

「その時は名無しで死ぬしかないな…それに、心臓を吹き飛ばされるよりはマシだろ?」

「……。」

「それに…俺はまだ27歳だ!」

その頃…陸軍の連中は首里防衛線の手前でもたついていた。お偉方が何を考えているかは知るよしもなかったが、4月28日に第1海兵師団が陸軍の師団と交代を始めると、俺達の雲行きも怪しくなってきた。

1945年5月初旬

第6海兵師団の男達は、『陸軍を助ける』ために南へ向かうと聞いて落胆した。

昨夜はステーキ、今朝は朝食に新鮮な卵が出た。
久しぶりの豪華な食事は嬉しいものだが、最後の晩餐じゃあるまいし…やれやれだ。

案の定、1時間後には師団に出撃命令が出た。

「第1小隊!トラックに乗りこめ!!」

いよいよ南へ向かうという時になって小隊長が言った。

「これから第27師団の尻拭いだ…俺達は陸軍第27歩兵師団と交替する。」

「マジかよ…」

「それは本当でありますか?」

ツェルナーとトマソンが同時に不満の声をあげた。

「そうだ。」

俺達の小隊長スプリンターズは42年から戦っている叩き上げの指揮官で兵士達からの人望も厚かった。
明るく気さくな男だが、やるときはとことんやるタイプだ。
彼はめったに不満を口にしなかったが、この時ばかりは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「他に質問は?無ければ出発するぞ!」

よりにもよってやつらの代わりとは…あの第27師団がよほど無能なのか、ジャップがいよいよ死に物狂いで仕掛けてきているのか、いずれにせよ俺達が敵にぶつかる日も近そうだった。

こうして俺達は再び前線に向かった。

途中で北に向かうトラックとすれ違う度にトッカーやアルバートが石やら空き缶やらを陸軍の奴らに投げつけていたが、俺はそんな気分にはなれなかった。

どの兵士も目はうつろで呆然としていたのが何だか不気味ですらあったからだ。



1945年5月6日

第6海兵師団は沖縄の知花付近に集結していた。
前線からは10マイルと離れちゃいない場所だ。
翌7日に、俺達第22海兵連隊は安謝川を望める高い絶壁まで前進して、先に展開していた第1海兵師団第7海兵連隊の連中と交代した。

対岸にあるのは安謝川の河口域で、時折日本軍の兵士が洞窟の出入口を素早く移動するのが見えた。

狙撃手のモレッツがライフルを構えながら

「ちくしょう!ここからジャップの頭を吹き飛ばしてやりたいぜ!!」

と息巻いていたが、ここからは届きそうもない。

ざっと見積もっても対岸まで1マイルはありそうだった。

その時、急に俺達の小隊に集合がかかった。

「第1小隊集合!!」

整列すると、小隊長がいつになく硬い表情で兵士達を近くに集めた。

師団長のレミュエル・C・シェファード少将からすべての小隊長に何か命令があったらしい。
いよいよ作戦が始まるのか!?






死の丘〜7674G〜 第3話

(A)この地域の日本軍は、大量の火砲を有しており、これまで出会った経験がないほど、精密な射撃を行なっている。

(B)日本軍は大量の弾薬を保有しており、標的を発見した場合は躊躇せず射撃をくわえてくる。

(C)日本軍の観測兵は優秀であり、われわれの活動は逐一監視されている。

(D)日本軍は考えうる、あらゆる場所に対戦車地雷や対人地雷を埋設している。

(E)日本軍は攻撃的であり、隙あらばすぐに陸・海をとわず反撃してくる。

(F)日本軍の防衛線は頑強である。甚大な損害ぬきに単純な正面攻撃で突破はできない。

スプリンターズ小隊長はこの地域における日本軍の留意点を兵士達に2度読んで聞かせると軽く息を吐いた。

「今度の敵は相当手強いらしい…だが、お前らの優秀さは俺が一番知っている!」

「Ay sir!!」

「お前ら準備はいいか!?」

「Ay sir!!」

俺達ならやれる。この時の俺達にはそんな高揚感があった。



1945年5月9日 安謝川

第22海兵連隊K中隊からポール・ダンフィ中尉の率いる小隊が偵察任務のために河を渡っていった。

俺達第2大隊F中隊は待機中だったから対岸でその様子を眺めるだけだった。
ここからでは丘陵の陰になって、味方の動きすら見えなかったが、しばらくしてかすかに銃声や迫撃砲弾が炸裂する音が聞こえてくると、第1小隊の面々にも緊張が走った。

「いよいよ本番か…」

横では小隊最古参のハルがライフルを磨いていた。彼は1次大戦を戦ったが、その後長年勤めた駄菓子屋をクビになり、何を間違ったか海兵隊に召集された。

一方、河を渡った複数の偵察隊からは、楽観的な情報はほとんど得られらなかった。

彼らの情報によると川をまたぐ橋は、米軍の準備爆撃によって深刻なダメージを受けており、車輌が通行できないと報告された。河口付近であるため、波は高いが、浅いところでは深さは1m20cmほどだった。
しかし、川底はぬかるんで、ヘドロ状になっており、戦車の重さに耐えられそうになかった。
こうした情報をもとに、攻撃に参加する連隊を工兵中隊が支援し、さらに徒歩橋が架橋されることになった。



1945年5月10日 安謝川

最初に川を渡るのは、マーリン・シュナイダー大佐率いる、第22海兵連隊の第2、第3大隊となった。俺達第3大隊は海岸線にそって攻撃にする計画になっていた。

日没が近づくにつれ、安謝川の北側にそって展開していた海兵隊にたいして日本軍の砲撃が始まった。
口径が15センチ以上で、重さが40キロ以上の相当に大きな砲弾で、これまで海兵隊員たちが経験してきた、いかなる戦場よりも正確な砲撃だった。



1945年5月11日 安謝川 午前3時30分

「戦闘は昼間にやるもんだろ!?」

アルバートは不満を漏らしていたが、定刻通り総攻撃は開始された。

俺達第2大隊は太ももぐらいまでの水深の川を歩いて渡った。

カイル伍長の率いる分隊は川を渡りきると、素早く展開した。そこは泥が深く、膝近くまである泥に兵士達は足をとられた。
そこに、軽機関銃と小銃による猛烈な射撃をうけた。

多数の日本兵が蓋のついた蛸壺を掘って潜んでおり、発見するのは困難だった。
ニップを撃ち殺すと息巻いていたカイル伍長だが、それは甘い考えだった。
彼は顔をおさえると泥の中に倒れこんだ。

「伍長!!」

俺がカイルを抱えあげると、顔の右半分が吹き飛んでいた。彼は泥の中で死んだ。

「バクシー!前進だ!!死にたくなかったら前進しろ!!」

すぐ後ろからはシルバー軍曹が来ていた。



死の丘〜7672G〜 第4話

1945年5月11日 安謝川 午前4時半

 

後続の第2小隊が渡河を完了した頃、日本軍は後退したか蛸壺に潜ったのかは分からないかったが、少なくとも俺達の正面からは消えていた。

この時、誰かが撃ったバズーカの弾が目の前で2〜3発炸裂していたが、シルバー軍曹に急き立てられ泥から這い出した俺達はその泥をはらう間もなくすぐにその場に釘付けになった。

エドウィン・カイル伍長が死んだことも、敵に包囲されていたことも忘れるほど、辺りは静寂に包まれていたが、それもほんの一瞬の事で、すぐに小火器の銃弾や迫撃砲弾がどこからともなく飛んできて、俺達はその場で顔を上げる事すら出来なくなった。

その時、背後に砲弾が落ちたが、そこは俺達がさっきまでいた泥沼だった。

<間一髪、助かった。>と思いながら、俺にもようやく周囲を見回す余裕が出てきた。

砲撃の直後で耳鳴りがひどく何も聞こえなかったが、目線の端で誰かが動いているのは見えた。

近くにいた海兵隊員は皆、伏せていたので破片の直撃を受けた者もいないようだった。

しばらくすると耳鳴りも治まり、前から俺を呼ぶ声が聞こえた。

「バクシー!バクシー!こっちだ!!」

前方で動いていたのはトッカーだった。この少し横幅の広い海兵隊員は、ちょうどよい大きさの窪地を見つけ、転がるようにしてそこに潜り込むと俺を呼んだ。

どうやら別の砲撃でできた穴だった。俺はそこまで5メートルほど這っていった。

「地獄だなここは!」

「くそっ!まったくだぜ。なぁトッカー、ジャップは何処にいるんだ。まるで見えないぞ!」

トッカーはゆっくり首を横にふった。
どうやらトッカーにも敵の姿は見えなかった様だ。

「バクシー、お前を呼んだらだいぶ狭くなったぞ。ちょっとスコップを貸してくれ。」

俺達は銃弾の飛び交う中、交代で穴を拡げ簡易掩体を作った。そこかしこから銃声に混じってスコップの音が聞こえていた。他の連中も必死で蛸壺を掘っているのだろう…。

こうして俺達は11日の夜明けまで生き延びることができた。



1945年5月11日 安謝川 明け方近く

「前進だ前進しろ!!」

俺達は夜明けと同時に小さな丘や段地が連続する南方向に向かって総攻撃を開始した。
第1分隊はシルバー軍曹が代わって指揮をとっていた。

だが、シルバーは第1分隊の掌握に苦戦していた。深夜の戦闘で、分隊員がばらばらに散らばっていたからだ。

「ハル!ハント!バクシー!トッカー!クライネ!ジェイコブ!マシューズ!フィル!バンビ!」

シルバーは呪文のように分隊員の名前を何度も叫び、30分かかって、ようやく分隊を掌握することができた。
俺の他にはハル、ハント、トッカー、クライネ、バンビが生き残っていて、ちょうど生垣の陰になった所に集結した。

M1ライフルを持ったバンビーノにシルバーが尋ねた。

「バンビ、お前BARはどうした?」

「川で無くしました…こいつはそこで拾ったやつです。」

地面を見るとそこには血だまりができていた。

「第2分隊のトマソンです。ヤツはさっき後送されました。」
彼は右腕と首に被弾して、バンビーノが見つけた時にはもう意識も無かったらしい。この時、仲間たちはトマソンは死んだと思った。

このアーカンソー出身の20歳の男は幸いにも一命をとりとめ10日後には病院船にのせられた。

一方、ツェルナー伍長の第2分隊はミラー、アルバート、バートン、パーカーが生き残り、レアンは負傷。後は死んだか行方不明になっていた。

第3分隊はコールマン軍曹を筆頭に全員が無事で、最後に渡河したスプリンターズ少尉を伴って護岸にある用水路の入り口を確保していた。

 

死の丘〜7672G〜 第5話

1945年5月11日 正午前

第22海兵連隊第2大隊F中隊第1小隊はケン・J・スプリンターズ少尉の指揮の下、用水路を前進していったが、そこはすでに別の海兵隊員で渋滞していた…。

用水路の端で腹を撃たれた兵士と脚を撃たれた兵士が衛生兵の治療を受けていた。

「敵はどこだ?」

前衛の分隊長、コールマン軍曹が近くで警戒中の兵をつかまえて尋ねた。どの兵士も一様に、

「分からない…おそらくあの丘の辺りから撃ってきている。」

そう答えた。

「なぜ前進しない?」

コールマンは憤ったが、前進は困難だった。丘の手前に機関銃陣地があり、明け方から第3小隊が2回攻撃を試みて失敗していた。
この時、すでに小隊長が重症を負って後送され、小隊軍曹が負傷をおしてその場の警戒を指揮していた。

このままでは、前進できない…業を煮やしたコールマンは分隊を引き連れて機銃座を陥とすと宣言した。
スプリンターズ少尉もその熱意を受け、3回目の攻撃を許可した。

コールマンの第3分隊は用水路から飛び出すと、左翼から回り込むように前進を開始した。
第1、第2分隊は用水路に沿って展開し、援護射撃の準備を整えていた。

「Open fire!!」

援護射が始まると、アンダースン二等兵が手榴弾を持って機銃座に走った。
彼は学生時代陸上部に所属していた。短距離走の選手で、部隊でも俊足で知られていた。
用水路から機銃座まで60m近くあったので、グレネードアタックを仕掛けるには距離を詰める必要があった。

アンダースンは敵に狙いをしぼらせないよう、左右に跳びながらみるみる機銃座に肉薄した。

「アンダースン、投げろ!!」

機銃座の前を左から右に横切ると、アンダースンはようやく手榴弾を機銃座のある窪地に投げ、すぐに地面に伏せた。

「グレネード!!」

その直後、窪地から煙が上がり、続いて軍曹の声が聞こえた。

「やったぞ!!」

だが、その歓声も一瞬で吹き飛んだ。
再び、丘からの射撃と砲撃が始まったのだ!
俺達は用水路から応戦したが、第3分隊は遮蔽物も無い平地でただじっと銃弾と砲弾の嵐に耐えるしかなかった。

その時、護岸を乗り越えたアムトラックが2輌、窪地と用水路の中間に展開して敵の射線を遮ってくれた。

「あいつらを見捨てるな!」

シルバー軍曹の下、すぐさま少人数の救援隊が組織され、真っ先にアルバートが志願した。
アルバートは戦前ハリウッドに住んでいて、派手好きな男だった。

アルバートはいつもの調子で馴れ馴れしく俺に話しかけてきた。

「バクシー、なぁバクシー、お前も来いよ。俺は、エリックに貸しがあるんで取りにいくつもりなんだ。何なら分け前やってもいいぜ。」

俺はこの都会育ちの男が少し苦手だった。

「アルバート、気安く俺の名を呼ぶんじゃない。」

読谷でサイコロ賭博に興じたアルバートは持ち前のギャンブルの才能で、仲間を何人かカモにしていた。
第3分隊のエリックも50ドルほどアルバートに貸しがあったはずだ。

俺は、分け前の件は無視したが、救援隊には参加することにした。

「準備はいいか?」

「Ay sir!!」

「よし!行くぞ!!Go! Go! Go!!」

まず俺達は2輌のアムトラックまで全速力で走った。
そのあとアムトラックの陰から窪地の様子を伺った。

この間も敵の砲弾は止む気配がなく、散発的だったが銃弾もアムトラックに当たってバシバシと音を立てていた。

俺はアムトラックの後ろで一呼吸置くと、機銃座のあった窪地まで走った。

窪地の15m手前に軍曹が倒れていたが、真っ直ぐ走って行くとまた射撃が始まったので、その場に伏せてカービンを構えた…。

 

死の丘〜7672G〜 第6話

1945年5月11日 午後

ロイ・コールマン軍曹は小銃で膝と肩を撃ち抜かれていたがまだ生きていた。

「軍曹、動けますか!?」

「何とかな…これから自力で這って戻るから援護を頼む!」

「了解!!」

持っていたライフルを落としていたので、コールマンは45AUTOをホルスターから抜くと体勢を変えてゆっくりとアムトラックに向かって匍匐を始めた。

俺は援護のためにカービンで一連射かますと、勇気をふりしぼってさらに前に出た。
砲撃の勢いが少しおさまってきて、前方に目をやると、まだ動いている兵士を発見できた。

「おい!大丈夫か!?」

「今から行くからな!!」

その時、俺の背後からそこへ向かって一直線に走りだしたのはアルバートだ。
窪地の5m手前まで行くと、アルバートはその兵士を担ぎ上げて戻ってきた。その背中を丘からの銃撃が迫る!!

「アルバート!走れ!!」

俺が丘に向かって1弾倉撃ちつくすと、奴らはすぐにこちらに向かって撃ち返してきた。
その間にアルバートはアムトラックの裏まで兵士を運ぶことができた。

俺は、しばらく応戦していたが、目の前の盛り土がみるみる削れていくさまに肝を冷やした。

<このままでは殺られる!>

俺は横に転がりながら一旦岩場の陰に隠れると、呼吸を整えてから、アムトラックまで一気に走った。
やはり丘から弾が飛んできた。
肩に弾がかすり、そのまま前のめりに倒れたが、運良くアムトラックから数メートルのところまで来ていた。

俺はそこから這ってアムトラックの後ろまで逃れた。

1945年5月11日 夕刻

用水路まで戻ってくると、救出作戦は完了していた。

アルバートが救出したのはアンダースンだった。
俊足のアンダースンだったが、彼は機銃座を潰した直後に砲撃を受けた。
右足を吹き飛ばされ、ふくらはぎから下の部分が完全になくなっていた。

第3分隊の中には自力で用水路まで戻れた者も多かったが、コールマン軍曹、アンダースン、エリックが負傷。新兵のロボス二等兵は即死だった。

その後、腹と背中に銃弾を受けたジョー・エリクソン(エリック)伍長も後送中に息を引き取った。

アルバートは貸しがフイになったことには一切ふれなかった。アンダースンを担いできたので全身血塗れになっていたが、幸いアルバートに怪我はなかった。
アルバート自身なぜあの時あんな危険な行動に出たのかよく覚えていないようだった。
敵の機銃と引きかえに第3分隊の半数が失われた。

1945年5月11日 夜

この日の終わりまでに、海兵隊は幅1400ヤード(約1.2km)、奥行き400ヤード(約360m)にわたって橋頭堡を確保できたが、部隊によっては損害がかなり大きかった。

隣の第3大隊では正午までに15名が戦死、55名が負傷していた。(その中にはK中隊のダンフィ中尉も含まれていた。)

一方、第2大隊も状況は似たようなもので、午前中の戦闘でF中隊第2小隊の小隊長が戦死し、午後には第1小隊から戦死者2名、負傷5名を出していた。
他の中隊も合わせると大隊の死傷者は30名を超えていた。

1945年5月12日 朝

第6海兵師団は前進を開始した。第22海兵連隊も第29海兵連隊と共に前進を開始した。
敵の規模は依然として不明であり、突破には支援火器が必要なのは誰の目にも明らかだった。
最初の海兵隊の戦車が轟音を響かせながら安謝川を渡河したのは夜が明けてからだったと思う。

中央部担当の第1大隊は14時までに安里川の北側高地帯を掌握した。

右翼の第3大隊は天久台へ前進を開始、9時過ぎには頂上部に達し那覇の近郊へ斥候隊を送り出していた。
戻ってきた斥候隊は、安里川にかかっている橋は爆破され、川底はぬかるんでいるため、徒歩では渡れないと報告した…。




死の丘〜7672G〜 第7話

1945年5月12日 午前

第2大隊は左翼の担当だった。戦車部隊の支援下、最初に攻撃を開始したのはE・G中隊だ。
大名・首里地区から敵の苛烈な射撃を受けE中隊の進撃速度は低下したが、G中隊は計画通り前進した。

F中隊はマイク・ヘーアン中尉の指揮下、予備としてG中隊に続いた。

昼近くになって第29海兵連隊の第3大隊はE中隊と共に、第1海兵師団左翼後方に開いたギャップを埋めるため移動をはじめた。

部隊の連携が変更されたため、第2大隊長ホラティオ・C・ウッドハウス中佐はG中隊の目標地点を変更した。
そして配下の3名の中隊長を街道の交差点までつれて行き、平野部の奇妙なかたちに盛り上がった土手のような丘につづく小道を指差しながら

「あの丘は重要目標だ、これより攻略する!」

と告げた。

目標はターゲットエリア(TA)7672Gと呼ばれる場所にある荒涼とした丘で、みすぼらしい木が少しばかり生えているだけだった。

この丘は初めHill2と呼ばれていたが、後にウッドハウス中佐によって『シュガーローフ』と名付けられた。

G中隊は右第1小隊、左第2小隊の隊形でこの丘に前進を開始したが、丘に到達した前後から日本軍の激しい迫撃砲射撃を受けるようになった。
両小隊とも後退を余儀なくされたが、第1小隊の一部がすでに丘の頂上付近に到達しており、激しい砲撃の中、撤退できずに完全に孤立して窮地に陥った。

海兵隊は砲兵による集中射撃により敵迫撃砲を沈黙させようとしたが、敵の砲撃は衰えることがなかった。

G中隊は16時から取り残された第1小隊5名の救出作戦を決行した。右翼第1小隊、左翼第3小隊の隊形で第2小隊と戦車小隊の火力支援の下、前進を開始した。

一旦は丘の頂上に到達したものの、敵の小火器や機関銃射撃によって両小隊はさらに大きな損害を出し、戦車2輌も地雷によって撃破されたため、第2大隊は撤退命令を下した。

G中隊の被害は酷いものだった…中隊はこの日2名の中隊長が負傷後送され、3人目の中隊長で夜を迎えた。第1、第3小隊の戦死傷者は小隊の50%を超え、小隊長も小隊付軍曹も戦死または後送され小隊は戦闘能力を失った。

1945年5月12日 夜

後送される兵士はみるみる増えていった。それは夜になっても変わらなかった。後方にひかえていたF中隊の横をジープを改造した救急車がひっきりなしに行き来していた。
時折幌をかけたトラックが後方に向かって行ったが、こちらは重傷者か死体が満載されていた。
他にも歩ける負傷者がぞろぞろと後方の治療所に向かっていたが、その中に見慣れた顔を見つけた。

「なぁ、あれアーチーじゃないか!?」

最初にアーチーを見つけたのは同じ第2分隊のバートンだった。それを聞いた分隊長のツェルナーがフラフラ歩いていたアーチーをつかまえて声をかけた。

「おい!アーチー!!」

「………。」

アーチー・ブッシュの戦闘服はボロボロになっていたが、外傷はないようだった。

「アーチー・ブッシュが見つかったらしいぞ!」

昨日から行方不明になっていた仲間が帰ってきた。
俺達はアーチーの所に駆けつけた。

「アーチー!大丈夫か!?」

「…。」

「アーチー!アーチー!」

アーチーはしばらく黙っていたが、急に笑いだした。そして次の瞬間には泣き出していた。

「こいつ…壊れてる。」

ツェルナーが呟いた。
あのお調子者のアーチーはもうどこにもいなかった…。

「おい!何やってるんだ!!」
衛生兵が走ってきた。

「コイツは耳が聞こえない。それに精神がおかしくなっているんだ。」

衛生兵はアーチーを治療所に連れて行くと言い。そのままアーチーの手を引いていった。

それが、アーチーを見た最後だった…。

 

死の丘〜7672G〜 第8話

1945年5月13日 Hill2から北2km F中隊警戒前哨陣地

夜が明けた頃、中隊本部から何人か補充兵がきた。

パーカー二等兵はまだ若い兵士だった。

第2分隊に配属されたパーカーは、岩場を背に座っていたアーネスト・ハント一等兵に声をかけた。

「あの…BARの照準を調整したいんですが。」

「それならバンビーノに聞くといい。もっともアイツは今ライフルマンだけどな。」

そこでパーカーはカルロ・バンビーノ二等兵(バンビ)を見つけて尋ねた。

「あの、バンビーノさん。照準調整はどこでやったらいいですか?」

「調整なんて必要ないさ。」
「ジャップはすぐ近くまで来るからな、そっちに銃口を向けて引き金を引けばいい…。」

その答えにパーカーが呆気にとられているとバンビが続けた。

「ようは弾が出ればいいんだ。」

バンビはうつむきながらチラッとパーカーのBARを見た。
真新しいBARだ。安謝川でBARを落として以来、補給も無くトマソンのライフルを使い続けていた。バンビは色々な事が悔やまれた。

「銃をよく磨いておけよ。」

この日の朝、第6海兵師団の攻撃は7時半の予定であったが、悪路で支援のロケット砲と補給物資を積んだトラックの到着が遅れたたため、攻撃開始が11時過ぎまで遅れた。

「第1小隊集合!!」

点呼で集まった兵士は補充兵を合わせても定数には足りていなかった。

ツェルナーが1人ずつ名前を呼んでいったが、俺の前で言葉が詰まった。

「…お前…誰だっけ!?」

「はっ!?…俺だよダニエル・バクシーだ!」

「おお、そうだったな…。」

ツェルナーもだいぶ疲れているようだった。

1945年5月13日 午後

F中隊長ジョージ・E・ダグラス大尉からの命令は、先立ってHill1を攻撃し壊滅したと思われる第2小隊の残存兵を捜索と敵情の偵察だった。

艦砲とロケット弾、空爆による事前の激しい攻撃準備射撃にもかかわらず、敵の攻撃は苛烈を極め、かつ周到だった。

Hill1の麓まではすぐだったが、俺達は慎重に前進した。
斜面の下部に明らかに銃撃により戦死した海兵隊員の死体が何体か転がっていた。おそらく昨日の戦闘で死亡したのだろう。

俺とトッカーが斥候で前進し、30m手間までは確保したが、そこからは敵は見えず、麓までは遮蔽物のない空間が広がっていた。

「よし、第1分隊が横隊で麓まで前進する!第2分隊は援護しろ!」

「Ay sir!!」

第2分隊の援護の下、俺達が麓に向かって走り出すとすぐに小銃弾が飛んできた!!

まずトッカーが左肩に弾を受けて倒れ、クライネも泥の中に倒れた。続いて、俺の左脚に強烈な痛みが走った。

「クソっ!衛生兵〜!!」

麓にいち早く取り付いたシルバー軍曹が矢継ぎ早に指示を出す。

「ハント!バクシーを麓まで引っ張れ!!」

トッカーは何とか自力で麓の斜面に取り付いたが、俺は脚が痺れて身動きが取れなかった。

ハントがすぐに駆けつけてくれて麓までの数メートルを引っ張ってくれたが、その間も銃撃が続いていた。

ハントは俺を引っ張っていく途中で左肩に銃弾を受けた。

「ハント、大丈夫か?」

「ああ、それよりお前の脚はどうなんだ?」

そこへ衛生兵が来て、傷の具合を見てくれた。

「傷は浅いぞ大丈夫だ!これで少しは楽になるだろう。」

太股の傷にサルファ剤をかけ、包帯できつく縛ると痛みが少し和らいだ。

「敵兵確認!!」

クライネは撃たれてはいなかった。クライネは泥から顔を上げて斜面の上に敵兵を見つけた。

「よし、斜面を登れ!!」

海兵隊員は斜面をよじ登った。その間にも日本兵は小銃弾を斜面に向けて撃ってきていた。

俺も何とか斜面に取りついたが、敵の姿は見えなかった。若いクライネは一番に斜面を駆け上がると手榴弾のピンを抜いた。

 

死の丘〜7672G〜 第9話

1945年5月13日 Hill1

「グレネード!!」

ジャン・クライネ二等兵が投げた手榴弾は効果があったようだ。
手榴弾が炸裂したあと、敵は散発的に発砲していたが、いつの間にか辺りは静かになっていた。

「前進しろ!!」

スプリンターズ少尉が前進を指示し、そこからゆっくりとと15mほど進んだが、そこには日本兵の姿はなかった。
周囲を警戒しながら、シルバー軍曹が損害を確認していた。
アダムス二等兵が眉間を撃ち抜かれて即死。他に俺とトッカー、ハントが銃弾を受けて負傷した。
一方、この日の収穫と言えば3名の日本兵が後退していく姿を見たということくらいだった。

第22海兵連隊は安謝川を越えた10日からの戦闘で800人以上の戦死傷者を出しており、連隊の戦闘能力は明らかに低下していた。
このため、師団長のシェファード少将は部隊を再配置することを決めた。

俺達の小隊にも後退命令が下ったが、後退も容易ではなかった。
後方の斜面からも敵兵が銃撃を始めたために、小隊は一時挟撃の危機にさらされた。
幸い挟撃されることはなかったが、後方からの銃撃でさらにデスモンドとライリーが負傷した。

「くそっ!また痛みだした。」

脚を引きずりながら歩く俺にクライネが肩を貸してくれた。

日没が迫るなか小隊は負傷兵を後送しつつ中隊の前哨陣地までたどり着くことができた。
偵察が十分にできなかったことよりもアダムスの死体が回収できなかったことが兵士達の心残りになった。

この日の夜、カルロ・バンビーノ一等兵が高熱で倒れた。

「これはかなり危険な状況だ。」

駆けつけた軍医は彼の様子を見るとすぐに後送を命じた。この後、バンビーノは第1小隊の数少ない生き残りとなった。

こうして、TA7672Gという名の小さな丘は、今日も多くの海兵隊員の血を吸った…。

1945年5月14日 朝

この日は、絶え間ない雨と厚い雲で陰鬱な日となった。

この日の朝、ウッドハウス中佐は、E、F、G中隊の中隊長を集めると南の那覇方面に攻撃を続行するため、計画の説明をおこなった。
沖縄の県都の手前には3つの小さな丘を向かって右からHill1、Hill2、Hill3と名付けた。Hill1と3はそれぞれ高さ10m、間のHill2は3つの中では一番高く30mほどの高さがあり、約90〜130m南に位置していた。

この日の攻撃計画は次のようなものであった。

「F中隊第1小隊が右のHill1を占領、第3小隊が左のHill3を占領する。その後Hill1にはE中隊が、Hill3にはG中隊(1個小隊編成)が進出する。F中隊の3個小隊はそれらの掩護下にHill2に向かって攻撃前進して、これを占領する」

ウッドハウスは何か質問がないか将校たちに尋ねたところ、一人の中隊長が命令の順序を理論的に考えると、最初に攻撃する2つの丘をHill1と2、少し離れた大きい丘はHill3になるはずだが、なぜ攻撃する順番に高地の番号を振らないのか尋ねた。

「わかった」

とウッドハウスは答えると

「それじゃ、こうしよう。右側の丘をHill1、左側の丘をHill3、そしてHill2のかわりに“シュガーローフヒル”と呼ぼう」

こうして、俺達の今日の目的地は“シュガーローフヒル”に決まった。

そのためにはまずあのくそ忌々しいHill1を陥す必要があった。
俺は左脚を擦ってみた。まだ少し痛みがあったが、歩けないほどではなかった。
ドクの話では跳弾が少しめり込んだ程度で、

「お前は運が良かった」

との事だった。“ドク”ピーターは、夜の内に太股の弾を取り出して、傷口を縫合してくれたが、麻酔が足りなかったので、撃たれ時よりも痛い思いをした。

ズボンを下ろして包帯をきつく縛り直すと、小隊の集合場所に向かった。




死の丘〜7672G〜 第10話

1945年5月14日 朝 0830時

第1小隊がHill1への攻撃準備を整えていた。

小隊といっても、その数は十分とはいえず。顔ぶれも安謝川を渡る前に比べると寂しいものだった。その中にSMGを下げた見慣れない男がいた。

ウィルだった。彼は第2大隊の本部から第1小隊の補充に回されたと言った。
俺より少し若く見えるこの男は、ガダルカナルから戦っていると胸を張った。
何となくいけすかない奴だが頼りにはなりそうだ。

一方、他の兵士達は明らかに疲れていた。俺もトッカーもハントも負傷をおして攻撃に参加していたし、ツェルナーやアルバートにはいつもの精気がなかった。
だが、パーカーやクライネには若さからか、まだ『殺ってやる』という気迫があった。

「前進!!」

シルバー軍曹号令の下、俺達はHill1に前進を開始した。
昨日アダムスが死んだ麓ではなく右側から迂回するコースを前進した俺達の前に早速ジャップが攻撃を仕掛けてきた。

俺とトッカーが同時に砲撃でできた穴の中に飛び込んで伏せた。

「バクシー!あそこだ!あそこに敵がいる!!」

「駄目だ見えない!どこにいる!?」

まるで狙いすまして待ち伏せでもしていたかのように、奴らの攻撃は正確だった。攻撃目標の「Hill1」には日本軍が防御陣地を構築し、虎視眈々と海兵隊を待ち構えていたのだ。

第2分隊が右翼から面で押す間に、第1分隊が左翼から敵に圧迫をかける。交互躍進の戦術がここでは効をそうした。

「バクシー、いい穴を見つけたな。」

シルバー軍曹は敵の後退を確認すると、警戒陣地の構築にかかった。

「お前とトッカーはあっちに塹壕を掘れ!」

まずは敵の第1波を押し戻した俺達は、敵の前哨陣地の跡に簡易掩体を掘ることになった。

「くそ、軍曹のヤツ…」

俺がトッカーと交代で掩体を掘っている横では、シルバー軍曹が一心不乱に穴を掘っているクライネを笑顔で眺めていた。
シルバーは歳をごまかして海兵隊に志願したこの若い兵士をとても可愛がっていた。

右側を見ると、バートンとパーカーが蛸壺を掘っていた。



1945年5月14日 1030時 Hill1 第1小隊警戒陣地

「バクシー、穴は掘れたか!?」

シルバー軍曹がやってきた。

「トッカーのデブと入るには少し狭いですが何とか。」

「そうか、ご苦労。では第1分隊、偵察に出るぞ!」

「Ay sir!!」

最小限の装備を持つと、俺達第1分隊はHill1の敵防衛陣地があると思われる位置まで前進した。

途中、動かなくなったアムトラックが放置されていたが、中は空だった。
そこらじゅうにある銃弾の跡が生々しかった。

丘の正面の麓に来ると30mほど先に鉄条網が見えた。

恐らく、敵の強力な陣地があるに違いなかった…。

この時、先頭を行くジャン・クライネ二等兵には蛸壺に潜った日本兵の頭が見えていた。
シルバー軍曹に目配せすると、すぐに「殺れ!」という指示が下った。

細身のクライネは二重に張られた鉄条網の間隔が広い所を見つけると、そこを潜り抜けて背後から蛸壺に近づいた。その時、クライネは異変に気付いた。その日本兵は蛸壺の中で眠りこけていたのだ。

クライネはライフルを振り上げると銃床を日本兵の頭に力一杯叩きつけた!!

ボコッという鈍い音と共に、血飛沫が飛んだが、クライネは怯まず、さらに何度も銃床を降り下ろした…。

クライネは銃床についた血を拭き取り、周囲を見回すと、鉄条網を潜って戻って来た。

「敵の陣地を確認!!」

「よし、偵察は終わりだ!後退するぞ!!」

その時だった!!
左翼の林から敵の銃撃が始まった。

「Open fire!!」

「急げ!後退だ!後退しろ!!」

俺達は敵に向かってしゃにむに撃ちまくると、命からがらその場を逃れた。




死の丘〜7672G〜 第11話

1945年5月14日 1130時 Hill1前方 第1小隊警戒陣地

偵察から戻ってきた第1小隊第1分隊の被害は大きかった。

塹壕に戻って来ると太股に血が滲んでいるのに気付いた。どうやら傷口が開いてしまったようだ。

トッカーも何発か弾がかすっていて傷だらけになっていたが、衛生兵を呼ぶほどではなかった。

「第1分隊から喫食を許可する!!」

交代で警戒しながら、早い食事をとることになった。

ただ、食欲のある兵士は、ほんの一握りで、多くの兵士はタバコを吸いながら、Dレーションバーと呼ばれていた栄養食のフルーツ・チョコレートバーをかじっていた。対してうまいものでもなかったが、他に食べる物もなかった。

そのため、全線勤務の兵士は例外なく体重が減り、平均7〜10kgは痩せた。消化器系の不調にも悩まされ、下痢でげっそりするか、便秘でお腹がパンパンするか、どちらか。中間はなかった。
トッカーでさえも作戦前に比べると体重が減っていた。

「おい、これ食べないか?」

ハルが紙袋に入った小石のような物を取り出した。

「これなんだ!?」

「砂糖だぜ、食ってみろよ。」

ハルは、沖縄の黒糖をどこからか手にいれてきて、俺達に配ってくれた。

甘い物を口にしたせいか、警戒の順番が回って来ると俺はカービンを握ったまま眠気と戦うはめになった。

真正面にはHill1の前面に出る通路があり、左手にアムトラックの残骸が見えた。

朦朧とする意識の中、一瞬カーキ色の影が目の前を通過した気がして、俺は急いでカービンを構えた。

その時!

「敵襲!!」

第1分隊左翼のハントの蛸壺と、俺の右にあった第2分隊の蛸壺から同時に声が上がった。

敵が左右から攻めて来たのだ。
特に谷をはさんだ左翼からの攻撃は俺達の蛸壺から丸見えだった。
俺はこの時、初めてまともに日本兵の姿を見た。

若い兵士は日本兵はがに股で飛びはねながら猿のように金切り声を上げたり、豚のように鳴いたりする奴らだと思っていたが、奴らは俺達と同じだった。

よく訓練され、統制のきいた陸軍兵士を相手に俺達はここ数日を戦っていたのだ。

奴らの攻撃は的確だった。こちらの応戦をものともせず。何回かに分けて射撃を行うとあっという間に陣地へ後退していった。

この攻撃で重症1名を含む4名が負傷した。
負傷者の中には衛生兵のレッドがいた。(通称レッド、本名が思い出せなかった。)彼は負傷したガニー伍長の手当てに走っているところを正面から撃たれた。
弾は頬から入り、首の後ろから抜けた。重症だった。

「ちくしょう!このままでは埒が空かん!!」

スプリンターズ少尉は無線に向かって支援を要請した。



1945年5月14日 正午過ぎ

中隊の先鋒としてHill1のを目指していた俺達第1小隊は、味方の砲撃支援の後、Hill1を攻撃奪取するべく準備に取りかかった。

先ずは負傷者を安全な後方に下げ、後続のE中隊に引き継ぐようスプリンターズ少尉は命じた。

それから、弾薬の補給と、進行ルートの確認をした。
分隊長のシルバー軍曹はワイヤーカッターを持っている兵士を探したが、分隊でワイヤーカッターを持っているのは俺だけだった。
これは以前、工兵隊にいた時から愛用しているものだった。

「バクシー、お前が鉄条網を切るんだ!たどり着くまで死ぬなよ!!」

「Ay sir!!」

無線で作戦のタイミングを調整していたスプリンターズ少尉が顔を上げ皆を呼んだ。

「第1小隊集合!!」

「艦砲射撃の後、第2分隊が右翼、第3分隊が中央、第2分隊が左翼で前進する。」

「それぞれの分隊から1名が鉄条網を切断し、そこから突入する。準備はいいな!!」

「Ay sir!!」

いよいよ作戦が始まろうとしていた…。




死の丘〜7672G〜 第12話

1945年5月14日 午後

「Take cover!!」

物凄い轟音と地面を揺らす震動、土煙。
遂に味方の砲撃支援が始まった!!

Hill1の北側斜面に展開した第22海兵連隊第2大隊F中隊の第1小隊は突入のタイミングを見計らっていた。

地面に寝そべっていると左脚の感覚が麻痺していくようだった。
傷口が開いてからしばらく経つと何故か出血が収まったが、その理由はすぐに分かった。
どうやら、脚が膿んでいるようだ。
(大丈夫。まだ力は残っている。)
俺は右手に持ったワイヤーカッターを握りしめた。

トッカーがすぐ右にいて、ハントとハルは鉄条網の手前で俺を援護する体勢を整えていた。左にはシルバー軍曹とクライネがいて、軍曹が何やら耳打ちしていた。
後方にはウィルが立っていた。この不遜な男は砲弾が飛び交う中でも身を伏せずにそこに立っていた。

「スモーク!!」

シルバー軍曹が叫び、敵陣前に煙幕が焚かれた。

「突撃ぃ〜!!Go!Go!Go」

俺は立ち上がると一気に鉄条網まで走った!!
雨に濡れた身体は鉛のように重かったが、何とかたどり着くと、自慢のワイヤーカッターで鉄条網を切った。

「鉄条網を切ったぞ!行け!!」

俺は肩にかけたカービンを降ろすと、装填して構えた。

その前をクライネが走り抜け、敵の塹壕に向かって手榴弾を投げた!

なだれ込んだ兵士達は手前の塹壕を潰しにかかった。敵は整然と反撃してくる。
背後を見るとトッカーが倒れていた。

俺は塹壕の手前に走りこんで手榴弾のピンを外し、そこに向かって投げた!

「グレネード!!」

ボン!!という音がして、ジャップの断末魔の叫びが聞こえた。そこで素早くスモークを焚いたが、さらに上の塹壕から敵が銃撃してきて身動きが取れなくなった。

「ハント!ハル!大丈夫か!?」

そこへシルバー軍曹が駆けつけて、俺達を起こすと、

「前方の陣地を潰す!援護しろ!!」

と言った。巧妙に隠蔽されたその塹壕を見つけたのはハルだった。
その左手にあった陣地はクライネが潰した。

「今だ!援護射、撃てぇ〜!」

ハルは真っ直ぐ陣地に走り込んだ所を撃たれた。
シルバー軍曹と俺とハントがその後に続き、陣地に向かって一斉に射撃した!!

「ウァ〜〜!!」

叫び声を上げながら塹壕の縁をかけ上がり見えるもの全てに弾を撃ち込んだ。

すると、今度は俺達がいた方向から日本兵が突撃してきた。ヘルメットまで葉っぱで偽装し向かってくる日本兵、血走った目と銃剣が不気味に光っていた。

俺は恐怖のあまり声にならない声を上げながら、それでも指先は的確に引き金を引いてくれた。

日本兵は俺の2、3m手前で息絶えた。

わずか30m足らずのHill1のそこかしこに敵の塹壕があり、日本兵も次から次へとわいてきた。

一方、第2、第3分隊は敵の機銃陣地の前面に出て、大きな被害を出したが何とか機銃座を潰した。

「一気に陥とすぞ!!」

しかし、この時悲劇が起こった。Hill1正面の通路から大柄な日本兵が走り込んで来た。

「危ない!!」

仲間の盾になったシルバー軍曹は手榴弾の破片を浴びて息絶えた。呆気ない最期…感傷に浸る間もなかった。

そのすぐ後ろから着剣した日本兵の集団がなだれ込んできた。敵の決死隊だった。

斜面は血の海になった。

俺はその光景を見て気が狂いそうになった。
生きている敵、死んでいる敵かまわず銃弾を撃ち込んだ。
弾が切れるとナイフを抜き、まだ動いている敵を刺した。

突然だった。突然日本兵が現れ俺の腹を刺した。

「ちくしょ〜!!」

俺は力一杯その敵にナイフを突き立てた。何回刺したかは覚えていない。
何故ならその直後に意識を失ったからだ。

 

死の丘〜7672G〜 最終話

1945年5月15日 夕刻

気がつくと日暮近くだった。
身動きがとれなかったが、何とか首を動かして周囲を見回すと仲間の姿はなく、一瞬、取り残されたのだと思った。

だが、ここがどこなのかはすぐに分かった。
俺は、救護所のベッドの上にいた。

その時、生き残った安堵感がじわじわと湧いてきて、俺は人目もはばからす泣いた。
ベッド横を軍医やら従軍牧師やらが忙しそうに動き回っていた。死傷者が絶えず運ばれてきて、激戦が続いていることを知らせていた。

<一体、どれくらい寝ていたのだろう…。>

「おう。気がついたみたいだな。」

無精髭を生やした軍医は俺の顔を覗き込むと笑顔を見せた。

「ドク、俺はどのくらい寝てたんだ?」

「丸一日くらい意識がなかったな。おかげで手術もやりやすかったよ。腹の傷は全治1ヶ月だ。」

「ありがとう。」

どうやらこの男が腹の手術をしてくれたらしい。今は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

「…ただ左脚は動かなくなるかもしれない。腫れが引いてからでないと何とも言えんがね。」

左脚はパンパンに腫れ上がっていたが、感覚がなくなっているのか痛みは感じなかった。

「そうですか…。」

「他に聞きたい事はあるかね。」

軍医は煙草を差し出したが、俺が首を軽く横に振ると自分がくわえて火を着けた。

「俺の仲間は…。」

「まだ前線にいるはずだが…それなら同じ部隊のヤツに聞いてみたらいい。」

「えっ!?」

促されて、左のベッドに目をやるとアルバートがいた。
彼もまだ意識がぼんやりとしているようだった。

「おい!アルバート!!」

「…」

「大丈夫か!?」

「バクシー…気安く俺の名を呼ぶなよ…。」

アルバートは力なく答えた。



1945年5月14日 1420時

俺が銃剣で刺されて意識を失った直後、第1小隊はHill1の北側斜面に到達した。

次いでその場所にE中隊が到着したが、Hill3からの敵の砲火に曝されて以降は一歩も前進できない状況に陥った。

アルバートはこの時、砲弾の破片で負傷して、後に俺と一緒に後送されたらしい。

1945年5月14日 1452時

戦車部隊が到着したため第1小隊とE中隊はシュガーローフにへ向け前進した。
スプリンターズ少尉やツェルナー、バートン、パーカー、クライネは俺達を後続に託して前線に向かっていったのだ。

1945年5月15日 シュガーローフ

パーカーはそのシュガーローフの斜面で朝を迎えた。
BARの弾薬が切れ、一晩中尾根を挟んで姿の見えない敵と手榴弾の投げ合いをしていたが、明け方になってやっと視界がひらけてきた。
辺りを見回し、武器が無いか探した。辺りは死体だらけだった。

ある日本兵の死体の傍らにライフルが落ちているのを見つけたパーカーは勇気を振り絞って死体のそばまで走った。

その時、死体だと思っていた日本兵が突然起き上がり、持っていた銃剣でパーカーを刺した!!
敵は死んだふりをしていたのだ!

隣の蛸壺でツェルナーは疲れて眠っていた…だがパーカーの声を聞くと反射的に塹壕から立ち上がりその敵兵の背中にライフル弾を撃ち込んだ。
敵が倒れ、ツェルナーが駆け寄った時にはパーカーは死んでいた…。

Hill1の攻略戦で活躍したジャン・クライネ二等兵も死んだ。
死の瞬間は誰も見ていなかったが、15日の朝、シュガーローフ中腹の蛸壺で彼は冷たくなっていた。
死後、彼はHill1での功績を認められ銅星章を授与された。

シュガーローフの戦いで第22海兵連隊は戦死傷者2971名(戦死489名、負傷1975名、戦闘疲労症患者507名)を出した。

負傷者の中に俺もいた。後遺症で左足は二度と動かなったが、これから病院船でグアムへ向かうのだ。
衛生兵に肩に借りて船に乗り込む。

「ちょっと待ってくれ。」

俺は振り返ると、陸に向かって精一杯の敬礼をした。


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この物語はジェームス・H・ハラス著猿渡青児訳「沖縄シュガーローフの戦い」(光人社NF文庫)を元に、
7月14・15日に行われた御殿場SVGNET主催HGG8「沖縄戦シュガーローフの戦いHILL1攻防戦」の様子(参加レポート)を交えて描いたフィクションです。
(あくまでもフィクションです。)
                                                  W.S.バクシー

 

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